夏バテソーラスという架空のバンドのブログ

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夏の読書感想文「一九八四年 / ジョージ・オーウェル」

短い記事になります。

あまり長々と書きたくないテーマだからです。

 

ジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」を読みました。

1949年に発表された、オーウェルの遺作です。

結核の療養をしながら書かれたそうです。

 

ジャンル的には、「ディストピア小説」という事になるようです。

ディストピアというのは、ユートピアの逆の意味です。

1949年から見た、近未来である1984年の、「全体主義が完成してしまった」

世界が描かれています。

 

この小説の存在を知ったのは「ミュージック・マガジン」誌での、

中村とうよう氏の紹介だったと記憶しています。

はるか昔の話です。

その時から何度も、この小説は「全体主義に警鐘を鳴らす予言的な作品」

として色々な人に紹介されて来ました。

読むべき古典として。

 

で、僕にもとうとう読む時がやって来てしまいました。

僕のイメージは、避けては通れぬ、「ファシズムぎらいの課題図書」でした。

実際にファシズムに向かいつつある、安倍政権の今の日本で、

ファシズムを知る為に読まなければならない、と思ったのです。

 

書店の棚には、普通の顔をして、歴史修正本や排外主義本が並んでいるので、

アンチの気持ちもありました。

 

で、読んでみました。

「読まない」という選択肢は無かったので、後悔はありませんが、

今までで一番辛い読書体験でした。

得たものが有るのか、今はわかりませんが、

ダメージは確実に受けました。

神経症は悪化しました。

 

内容をかいつまんで説明すると、

いや、

説明しません。

忘れる事は出来ませんが、この本を二度と開きたくない。

そんな思いがあるので。

 

あまりに不親切なので、少しだけ。

ビッグ・ブラザーという象徴的な独裁者(実際に存在しているのかは不明)

を頂点とする「党」が支配する、オセアニア帝国が舞台です。

世界は三つの帝国の永続戦争(実際にやっているかは不明)で、

産業(武器産業が、破壊と生産を繰り返せるから)や国家間のバランスを

取る事で成立している。

 

オセアニアで、国民として認知されているのは「党員」のみで、

テレスクリーンという双方向テレビの様なものによって、すべての行動

を監視、矯正されている。党内に於いて、家庭内に於いて。

そして「思考警察」によって、脳の中まで監視されている。

 

ビッグ・ブラザーの発言は、絶対的な真理であり、

対戦国がいきなり変更されても、過去の記録はビッグ・ブラザーの発言に

合わせて改ざんされる。党員は記憶も奪われている為に、ものごとの真偽

を判断する基準を持っていない。

B・Bが言った通りに実際は、昨日まで「ユーラシア」と戦争していたのに、

イースタシア」と戦争していた事になる。

 

つまり「実際は」が、存在しない世界なんですね。

「何故?」も。

 

自分が書いている事は理解しているのだけど、伝える事は出来ていないと思います。

 

さらに進めます。

 

主人公のウィンストン(外郭の党員、党の構造は完全なピラミッド型)は、

抑え込まれていた記憶や本能、真実などの存在に気付いてしまう。

そして、

党内に於いては、完全な悪とされ(党員たちはそれを疑う能力を奪われている)、

党員の義務として毎日行われる「二分間憎悪」で、忌むべき憎むべき殺すべき存在の

裏切り者として、最高の憎悪の標的であり、暴力のレベルに達する怒声、罵声を浴びせ

られている、「反ブラザー同盟」のゴールドスタインの反政府運動に希望を求めるようになる。

 

党に逆らうという事は、すなわち「死」だ。

ウィンストンは、「自分は死人である」と、認め、後世の誰かに真実を伝え、本当の

死後にB・Bが倒される事に希望を託して、自殺行為である「日記」をつけ始める。

 

党のスローガンは

 

戦争は平和なり

自由は隷従なり

無知は力なり

 

戦争を行うのが、平和省

記録を改ざんするのが、真理省

拷問を行うのが、愛情省

 

2+2=5

が、真理であるように、思考方法自体が書き換えられる。

 

笑い事ではないと思います。

知ってる感触です。

 

ウィンストンの戦いはギリギリのところに追い詰められて行きます。

物語の終わりの方は、ページをめくるごとにダメージを受けるのが辛くて、

読むのを放棄しました。

解説を半分くらい読んだところで、それに説得されるように、

続きを読みきりました。

 

でもね、

 

なんだよ、最後のセリフ.......

 

............................................... 

 

 

僕の感想です。

「これは、ファシズムの恐怖よりもその先、人間の限界を描き切って

しまった作品ではないか。」

僕はなぜ、オーウェルが、ここまでやらなければいけなかったのか、

理解出来ません。

これが遺作です。

この結論があるところに立ち続ける事は不可能だと思います。

 

この次が読みたかった。

 

最後に

 

この小説は、帯によると(日本で?)25万部を突破したそうです。

読み終わった後に驚きます。

単純に考えて25万人が買ったとして、

全員が読み切ったとは想像出来ない。

そんなに精神がタフな人がいっぱいいるなんて信じられない。

 

実は最後に「付録」が付いていて、それを読んでいないのです。

まだ読む気になれないけど、そこに何かあるのかも。

 

僕はこの小説に関して、人の感想を一切、読んでいません。

僕の感想に間違いがあれば、意見が欲しいです。

むしろ間違いを認めて、救われたい。

 

あと、逆側の思想の人で、これを読んだ人がいれば、

そちらの感想も聞きたいです。

冷静な意見であれば。

 

それで、一応、この読書は完成するかもしれません。

 

結構、長くなってしまいました。

最後までお付き合いありがとうございました。

 

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)