夏バテソーラスという架空のバンドのブログ

愛と平和のお花畑です あたしどこにいるのかしら? わかんな~い あははははははは あははあはあははははは

乙女ロードを歩く

池袋の乙女ロードの周辺を歩きました。

目的は買い物ではなくて、

辺野古埋め立て反対行動だったのですけど、

やっぱり池袋という場所がキツかったですね。

デモってる時は熱くなるんですけど、

それでも群集の中にいると、かえって孤独感を感じるし、

サンシャイン60は巨大な墓石のように見えるし、

繁華街にいると強烈な疎外感を感じるし。

 

それでも人類を憎みたくはないので、

沿道に見かけるひと、(自分達は車道を行進)一人ひとりの顔を確認しては、

自動的にその人のストーリーを想像してしまい、

「あなたは僕の敵じゃないよね」って言い聞かせる。

価値観とか政治観の違いとか、そんな話じゃないです。

 

人間の多さがしんどくなる。

生まれた場所も時間も違えば趣味も嗜好も思想も違う。

それも多分、ちょっとしたきっかけで選んじゃったものが原因で、

見てる風景もぜんぶ違ってしまう。

 

デモが終わったあと、

虚空に放り出されてしまった。

時間が重たくなって

動かなくなった。

 

しかも真昼の太陽が嫌がらせみたいに、

なんでもかんでも目玉の中に放りこんで来る。

 

少しはこの世との接点もあった筈なんだけど

 

人ってだいたいこういうもの だって目安も持ってた筈なんだけど

 

無くしちゃったみたい

 

それとも最初から無かったのか

 

疲れました

 

当分人間はいい

 

休みます

 

 

 

 

 

 

Summertime (ガーシュウィン作曲)

 

Summertime

楽じゃない

愛されない

利用される

 

ただ延びる草や

苔むす墓うらやむ

 

アメリカへ

貢ぎ物

僕らの暮らし

そんなもの

 

 

Summertime

楽でいい

もう誰も

文句言わない

 

学生たちは粛々と

ただでお勤め果たすだろ

 

アメリカへ

貢ぎ物

お前の暮らし

そんなもの

 

 

Summertime

誰のため

国のため

君のため

 

羊飼いが楽してる

明日の事も考えず

 

アメリカと

共にある

むなしい片想い

まだ続く

 

 

Summertime

ふざけんな

もてあそぶな

おまえのゲームの

駒あつかいすんな

 


The Doors-summertime


Summertime - The Zombies


Janis Joplin - Summertime (Live -1969)

 

ハルシオンを服用しています。

二時間早起きなんて無理っす

 

 

 

見下され過ぎですよ、

いくらなんでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前三時まで

今日は三時ごろに寝ようと思ってます。

明日は休みだからです。

だから何か書きます。

三時まで。

 

あ、

もう二時過ぎちゃった。

 

公開を前提で書いているので、

このまま終わりという事もあります。

 

どうしよう

 

楽しくないので、楽しいこと書けないし。

 

ああ、そうだ、

土曜日に、翁長知事の遺志を引き継ぐ行動が池袋であるので、

高いビルが立ち並ぶ風景も苦手だし、

午前11時という時間も早すぎるし、

新しい靴を買うお金をセーブしておきたいのですが、

行って来ます。

 

そろそろ時間のようですね。

では、僕の精神安定動画を貼って〆ます。

歌詞も曲も演奏する姿もかっこよいです。

ヴォーカルの直枝さんの歌い方というか、

それににじみ出ちゃってるキャラが好きです。


カーネーション「いつかここで会いましょう」MUSIC VIDEO

 

あとですね、

先日公開した「やつらの足音のバラード」の動画を作り直して、字幕を付けて、

ヴォーカルも、より盛大に音を外しまくっているテイクに差し替えました。

興味のある人は聴いてみてください。

natsubatesaurus.hatenablog.com

 

おやすみなさい。

読んで下さった方、ありがとうございました。

 

 

 

デモテープその1「やつらの足音のバラード」の替え歌

録音をしました。

タイトル通り、デモ音源です。

今だったら「デモテープ」ではなくて「デモSDカード」

とでも言うのでしょうか?

 

今、SDカードに録ったデータをパソコンに取り込むために、

パソコンの音楽ソフトが立ち上がるを待ちながら、これを書いています。

このソフトがですね、ウインドウズが更新プログラムを読み込む度に、

「はじめから立ち上げ直し」を、やりよるわけですよ。

前回はまる一日かかったような覚えがある。

 

ソフトを買った楽器屋さんに聞いても、理由はわからないし、

やはりパソコンって、DIY精神でもってあれやこれや積極的に調べながら、

独学でモノにして行くもんなんですかね。

 

僕には無理です。

だいたい、自分のブログに写真の一枚も貼ったことがない。

購入し立ての頃に聞き覚えのないPC専門用語を調べながら猛勉強してるうちに、

能が「バーン」なってしまって、それっきりです。

ログインログオフログアウトサインインアウト

どれもただのカタカナの羅列にしか見えなくて、

言葉をイメージに変換させないと受け取れない、まこと合理性に欠ける僕の能には、

パソコンというものは、正体不明のブラックボックスです。

だいたい家電の仲間のくせにマニュアルが付いてないのがけしからんです。

付いてたとこでマニュアル読むのも苦手です。

ついでに言う、

おれは言うぜ、

アイパッド、おまえもだよおまえも。

だーれが「i pad」なんて表記してやるものか」

 

えーと、この辺にしておきます。

るさんちまんの垂れ流しはみっともないので、

反省はしませんが、自重はします。

 

さあ、みんな、このピースフルなおっちゃんと仲良くして下さい。

お願いだから仲良くすべし。

 

しかし命令は拒絶すべき。

 

ごめん、

謝るから続き読んでください。

 

えーとですね、

そんな近代合理主義から幼稚園くらいに取り除かれた僕は、

職場などで、高校生のバイトさんなどに、

「バテオさん、そこは割り切って」

などとゆう説教を、いただく訳ですよ。

そりゃもうあきれた顔で、

口には出さないが、目が言っている、

「ああ、こんな大人にはなりたくないなあ」と。

 

「なんだとこのやろうおまえん家の塀にセンスのない落書きしてやる」

 

 

 

大人げがない

 

 

だめだ僕はだめだ

 

 

それでなんだったっけ、

 

ああ、そうそう、

そんな僕も、必要に追い込まれて「割り切る」を選んだのですよ。

 

「これから先はデモ録音しか作らない」

「曲を完成させない、未完成のままで止める」

「例外として考えられるのは、心中できるレベルのインスピレーションが落ちてきた時だけ」

 

理由としては、三ヶ月くらい歌詞だけ書いていたのだけど、

それだけではだめだった、と。

歌詞書く気力しかなかったので、そうしていたけど、

出口が消えちゃったぞ、と。

 

もう、僕には何が価値なのかわからないけど、

ゼロからそれ以下の状態は耐えられないぞ、です。

ごまかしかもしれんけどやらにゃ滅びる、

ので、

ギター弾いて、歌ったところ、

「悪くはないぜ」

という気分になりました。

音楽ではなく、自分の気分が、

です。

 

おんなじような事を、以前のブログに書いた気がするけど、

「もう一周、らせん状の階段を下って、よりシリアスになった」

という事であります。

 

そしてけっきょく開き直りました。

 

ギターは、コードの順番間違えずに通しで弾けたらそこで録音終了、

「Cのコードなんて、ちゃんと押さえられる人の方がどうかしてる」が正解。

リードギターのフレーズや音色も選びはするけど、

やはり通しで弾けたらOK、ミストーン上等。

 

ヴォーカルに関しては、

「心さえこもっていれば、音痴肯定」

PCソフトで、音程のずれは修正出来るのだけど、

「あえてやらない」

です。

 

これもこれも前に書いたけど、

「どんな曲だかわかればいい」

を、よりひどいクオリティに下げます。

 

あとひとつ、もうこれずっとジレンマだったのですが、

歌詞を書き上げてから、こだわってオケを作っていると、

時間がかかって、エネルギーをそこで浪費してしまって、書いた言葉を疑い出して

(その理由は充分にある)、「この先一生黙ってなければいけないのだろうか」

などと考えながら、ヴォーカル録りする頃には、

テンションがあきらかに目減りしています。

 

歌詞に最も体重が乗っているのは、

書いてる最中から、書き上げるまでです。

書き上がったら、すぐヴォーカル録りがベストです。

 

だからもう、選んだり考えたりする時間を省くために、

ギター二本か、替わりにキーボードの簡素な編成にします。

 

 

今回の、デモ第一弾は、「ギャートルズ」のエンディング・テーマ、

ムッシュかまやつの「やつらの足音のバラード」の替え歌です。

 

バンドをやっていた頃に、何曲かカバーはやっていました。

「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」ローリング・ストーンズ

「クロース・トゥ・ユー」カーペンターズ

「イエスタデイ・ワンス・モア」同上

「ハラペコのガキのうた」ゆらゆら帝国

「地獄の季節」ジャックス

最後のジャックスはライブ限定の出しもので、例外ですが、

原詩をそのまま歌うのは我慢できなかった。

 

それだったらコピーバンドといっしょじゃん。

 

やりたい事はそれじゃなかった。

僕はシンガーソングライターである。

人が認めなくても、自分はそう決めた。

だからぜんぶ、替え歌にしてしまいました。

 

この曲も、原詩は参照しませんでした。

コード譜をネットで探しましたが、難しそうなので簡単なコードに変えました。

たぶん間違った選択をしていますが、たいした問題ではないです。

 

替え歌っていいかもしれない、と思いました。

曲を書く手間と時間が省けます。

味をしめたかも。

もっと手を抜きたい。

そして急ぎたい。

 

 

たぶん、歌詞を記載しなくても、うっとうしいくらいに言葉は聴こえるはずです。

その分、この気色悪い歌声を前面に出す事になりました。

 

だけどね、

思うんですけど、

僕にはね、

 

それを聴かせる権利すらあると思うのです。

それくらいの気持ちで音楽ってやるもんではないかなあ、

と、最近思うのです。

図々しさが必要なんじゃないかと。

勘違いを気付かないくらいの。

 

そして、ここまで読んでくれてご苦労様な読者の方におかれましては、

それを聴く義務などは正当に無いのです。

当たりまえの事です。

 

権利と義務はセットではないと思います。

 

では「ゆられる権利(仮)」です。

まじひどいっすよ。

 

戦うのがイヤでイヤでしょうがないんだけど戦わざるを得ない、

棒っきれ持って目が死んでる幽霊みたいな人に捧げます。


やつらの足音のバラード(の替え歌) / 夏バテソーラス [歌詞字幕つき]

 

追記

一度、上に貼り付けた動画を削除して、歌詞の字幕付きの動画を貼りました。

音の方も、よりヴォーカルの欠点が目立つテイクに差し替えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

娯楽性に欠ける話

23日の朝日新聞に、

冷笑主義 社会覆う?(モリカケ疑惑 白ける有権者)」

という記事が載っていました。

 

この中で、「野党の批判が求心力を持てないのはなぜなのか」

という疑問が投げかけられていて、

それに対して、政治学者の野口雅弘氏が発言を寄せています。

 

「野党ぎらい、とでも呼べる有権者の雰囲気」を指摘したあと、

教べんを取る大学での、今年の夏の講義の経験を例に挙げます。

 

野口氏は、高度成長期に展開された、二人の民主主義学者の議論を紹介し、

「日頃は、あまり自分の意見を前面に出さない」学生たちにリポートを

提出させたそうです。

 

二人の学者のうち、松下圭一の考えは

「経済的な豊かさを肯定しながら、市民による地域自治が活性化しつつある

状況を民主主義の萌芽として肯定する」だそうです。

 

すみません、引用しながら意味がきちんと把握出来ていません。

皮肉ではなくて、実際に僕の勉強不足なのだと思います。

恥を忍んで認めます。

 

もう一人、藤田省三は松下に対して

「経済成長で変わっていく日本に同調圧力の高まりを見いだし、

異質な存在の排除が民主主義を損ねるとして、時に過激な言葉を

交えて批判した。」そうです。

 

アンダーラインを引いている時点で、僕が「こっち選ぶでしょ」と

思ったのがどっちだか解ると思うのですが、

学生たちのレポートは真逆を向いていました。

 

 気が遠くなりました。

 

藤田のスタンスに対しては

老害」「悪口ばかり」といった、強い反発の言葉が並んだそうです。

 

野口(もう全部敬称略面倒基準不明)は、この経験を念頭に

「流れに対して立ち止まったり、抵抗する事を否定し、自分が

野党的な存在にならないように慎重に振舞う。議会だけではなく、

世代を問わず、今こうした風潮の広がりを感じる」と言っています。

 

で、

 

僕がこの記事を読んで思った事は

 

「積極的に老害になってやろう」

 

です。

 

クリアかつスムースにぽんと出た答えです。

 

ちなみに、引用として「老害」なんて言葉を使いましたが、

この暴力的で排他的で冷酷な言葉を自分のものとして使いたくないので、

別の言葉を探したいと思います。

主権在民」とか。

 

とりあえず、

自分の足下も敵の足下も確認しなきゃいけない、

と思っています。

 

今、白井聡の「国体論」を読んでいます。

きっつい現状認識が要求される本ですが、

そこからしか始まらないという説得力はあります。

求めているのが偽物ではない希望ならオッケーです。

冷笑しているヒマなんてないです。

何か選ばなきゃしょうがないです。

賭けてみたいです。 

こんな感じで。

お手間取らせますが、

21:15からの「死にませんが」をリクエストします。


Shintaro Sakamoto - Love if is posible (Full album)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの足音のバラード

(1) 

 

色だとか

輪郭とか

匂いや

模様とか

 

ざわめき

だとか

ネオンの文字

だとか

 

そんなの映す

鏡のように

 

疲れた僕ら

行く

とこない

 

すこしくらいは

情緒

あればいいのに

 

ないもの

ねだりは

もう

ねだれない

 

(2) 

 

つめたい

宇宙に

やる事

なにもなく

 

地上に

意味とか

事情が

もつれてる

 

僕らはどうやら

地球の軌道

はずれた

 

誰かの足音

追いかけてる

つもりでさ

 

むきだしの

世界は

おそろしい

もんだね 

 

(3)

 

さがすの

やめて

だまって

そこにいて

 

呼吸は

していて

も少し

待っていて

 

約束できない

いつかは夜も

明ける

なんてね

 

星には

夜があり

終わらぬ夜も

あると

知った

 

電車に

きみと

僕はまだ

揺られて

 

揺られて

 

揺られて

 

 

 

 

 

「やつらの足音のバラード」をカバーするつもりだったのですが、

結局、歌詞を書き変えました。

ひとの曲をそのまま歌うのには、抵抗があります。

それを拒否して、バンドを壊した事もあります。

 

今現在、自分はすべてに於いて

出口が無くなっている事に気付きました。

 

明日より録音に入ると、自分に誓います。

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中のお散歩(徘徊ではなく)、あと「トッドのバラッド」

僕は真夜中に散歩するのが好きです。

 

ひと気のない道を行ったり来たり

 

不審者ではありますが、

犯罪者ではありません。

 

昭和の終わりころからずっとです。

 

不思議なことに、

おんなじ趣味の人と、すれ違ったことすらないのです。

 

なんでだろう

 

夜はいいのに

 

 

まずは、月

ぜったいに敵ではない。

断言する。

 

そして自由

「スクールズアウトフォーエヴァー!」感。

「学校出たらひとは自由になるんすよ」幻想。

私は大人になるというのが、どういうことだか、

まるでわからなかったし、わかろうともしなかった

そしていまだにわからないし、わかるチャンスは逸した。

う~ん、ごめん。

かたちだけ謝っておくので、いじめないでください。

だいじょうぶです。

無罪モラトリアムです。

世界でいちばん混じり気のない青の方ではないです。

キツいしっぺ返しは幾度となく喰らっているので、

これからも喰らい続けるので、

それでチャラということで.........

 

あとは

なんかの工事屋さんの敷地に積まれている鉄パイプも、

近くのタクシー屋さんの駐車場に並んでいるタクシーも、

月あかりに照らされて眠っている。

社会的な役割から解放されている。

 

そして、

たまに猫。

 

この人たちは端から

社会的な役割など担っていない。

 

そんな真夜中の風景を 

写真におさめるとしたら

「月光写真」

がいいなあ、と思ったりしているのですが、

実際の月光写真って、違うもののようでして、

僕が撮りたいのは、言葉のイメージとしての

「月光写真」

なんですね。

 

それを絵にすると、

大貫サリーさんの「月」みたいな感じの

モノトーンの世界になりそうな気がします。

 

 

え~と、

この記事はですね、

その「月」の感想を「今井町公民館」に書くつもりだったのですけど、

すぐに、自分の「架空バンドブログ」の方に書いてる事に気付いて、

「公民館」にコピーする事も出来なかったので、

「まあいいや、別の記事にしてしまおう」

と思って書いているものです。

 

ここらへんでやめます。

「公民館」に移動します。

 

では最後に、

好きな曲を貼って〆ます。

 

かつて吞みに吞みまくっていた下北沢に、

今でも数ヶ月に一度行きます。

今でも我が心のホームタウンです。

 

ずーっと入り浸っていたロックバーがあります。

そこでいっぱい友だち作ったのですが、

まあ、いろいろとありまして(特に、そこの客と作ったバンド解散のぐちゃぐちゃ)、

行きづらいし、「自分は嫌われたんだろうな」

としか思っていなかったのです。

 

ところが、別の店の、事情を知ってる店主に、なかば強引に引っ張って行かれまして、

結局、あまりそこでは、会話も持てずに気まずい感じだったのですが、

グラス半分くらい残った状態で、会計を先に済ませて、

帰る準備を始めた時に、マスターが、

そこまで掛けていたレコードの流れを止めて、

「バラッド・オブ・トッド・ラングレン」を

掛けてくれたのです。

 

僕の大好きな曲まで聴けるタイミングで。

 

「憶えていてくれたんだ」

 

 

そして数日前、その「別の店主」の店に行ったとき、

「ロックバー」の方で仲良くなった友だち夫妻と、

何年振りかに(吞むときは常に泥酔しているので、良く憶えていない)

ばったり会いまして、

店内で掛けている音楽は、旦那さんのアイポッド的な機械から、

オーディオに繋いでいるものでした。

店の雰囲気に気を遣いながら、奥さんの好きな「カラパナ」を

掛けていたのですが、途中でニック・デカロに替えました。

その中には「バラッド・オブ・トッド・ラングレン」に入っている

あの曲のカバーが。

 

「憶えていてくれたんだ」

 

という訳で、その曲「The Wailing Wall」を

嘆きの壁」というタイトルに政治的な意味を持たせているかは不明です。

聴こえてくる詞からは感じられません。

美しいですよ。


Todd Rundgren Wailing Wall


Nick DeCaro - Wailing Wall (Lyrics)

 

では、「今井町公民館 」で。

記事が書け次第、リンクをここに貼り付けます。

nagi1995.hatenadiary.com