夏バテソーラスという架空のバンドのブログ

愛と平和のお花畑です あたしどこにいるのかしら? わかんな~い あははははははは あははあはあははははは

ありがとうございました

このブログを閉鎖する事にしました。

こんな事を書くのも自意識過剰っぽくて、

黙ってアカウントを消してしまった方が良いのではないか、とも思いますが、

読者の方々には、色々とお世話になっている筈なので、

挨拶だけでもしておこうと思い、これを書いています。

 

ゼロに戻ります。

 

音楽だけになります。

 

ブログを通じて知り合った皆様、

 

今まで付き合って頂いてありがとうございました。

 

 

 

バテオ

 

 

ロードハウスブルース

 


The Doors - Roadhouse Blues (Remastered)

 

デッデデッデデッデデーレ

デッデデッデデッデデーレ

ピロロピッ ピン ピッ

ピロロピッ ピン ピッ

ブワ~ウワ~

ブワ~ワブワ~

 

ジャッジャジャーン

ジャッジャジャーン

 

 

車があるなら

それに乗って行こう

 

ハンドルあるなら

それ握っていよう

 

行くあてない

つかい切った

グッドタイム

 

頭がしびれて

視界がぼやけてる

 

いちいちショックで

ひとつも忘れない

 

楽しくない

だけど 降りれない

 

(デンデデンデデン) 

 

止まらない

気に喰わない

ゼツボーしてやらない

ここじゃない

出口じゃない

うたぐってる

オールナイトロング

 

 

ユーガッタ

掘れ

掘れ

掘れ

 

もっと本気になあれ

 

捨てろ

捨てろ

捨てろ

 

捨てれるものぜんぶ

 

孤独なひと

孤独なひと

 

きみのこと

あらゆるとこ

 

ひとりでいて

そのまま来て

 

ライトナウ

 

(ジャッジャジャ-ン

 ズジャッジャジャーン)

 

今朝 目が覚めたら

通用しなかった

 

二度と 知ってるやり方

通用しないのだ 

 

未来停止

放っときゃ終わりはニア

 

(デレデデンデンデデ)

 

誰もいない

まだ見えない

いずれ会えるでしょう

ここじゃない

着地しない

引き裂いてる

オールナイトロング

 

(ギャーンギャララギャッギャーン

 ジャーラジャッジャ~~ン)

 

 やいぷす!(意味不明)

 

 

 

作詞 バテオとモリソン /    作曲 ドアーズ 

 

 

 

夏の読書感想文「一九八四年 / ジョージ・オーウェル」

短い記事になります。

あまり長々と書きたくないテーマだからです。

 

ジョージ・オーウェルの小説「一九八四年」を読みました。

1949年に発表された、オーウェルの遺作です。

結核の療養をしながら書かれたそうです。

 

ジャンル的には、「ディストピア小説」という事になるようです。

ディストピアというのは、ユートピアの逆の意味です。

1949年から見た、近未来である1984年の、「全体主義が完成してしまった」

世界が描かれています。

 

この小説の存在を知ったのは「ミュージック・マガジン」誌での、

中村とうよう氏の紹介だったと記憶しています。

はるか昔の話です。

その時から何度も、この小説は「全体主義に警鐘を鳴らす予言的な作品」

として色々な人に紹介されて来ました。

読むべき古典として。

 

で、僕にもとうとう読む時がやって来てしまいました。

僕のイメージは、避けては通れぬ、「ファシズムぎらいの課題図書」でした。

実際にファシズムに向かいつつある、安倍政権の今の日本で、

ファシズムを知る為に読まなければならない、と思ったのです。

 

書店の棚には、普通の顔をして、歴史修正本や排外主義本が並んでいるので、

アンチの気持ちもありました。

 

で、読んでみました。

「読まない」という選択肢は無かったので、後悔はありませんが、

今までで一番辛い読書体験でした。

得たものが有るのか、今はわかりませんが、

ダメージは確実に受けました。

神経症は悪化しました。

 

内容をかいつまんで説明すると、

いや、

説明しません。

忘れる事は出来ませんが、この本を二度と開きたくない。

そんな思いがあるので。

 

あまりに不親切なので、少しだけ。

ビッグ・ブラザーという象徴的な独裁者(実際に存在しているのかは不明)

を頂点とする「党」が支配する、オセアニア帝国が舞台です。

世界は三つの帝国の永続戦争(実際にやっているかは不明)で、

産業(武器産業が、破壊と生産を繰り返せるから)や国家間のバランスを

取る事で成立している。

 

オセアニアで、国民として認知されているのは「党員」のみで、

テレスクリーンという双方向テレビの様なものによって、すべての行動

を監視、矯正されている。党内に於いて、家庭内に於いて。

そして「思考警察」によって、脳の中まで監視されている。

 

ビッグ・ブラザーの発言は、絶対的な真理であり、

対戦国がいきなり変更されても、過去の記録はビッグ・ブラザーの発言に

合わせて改ざんされる。党員は記憶も奪われている為に、ものごとの真偽

を判断する基準を持っていない。

B・Bが言った通りに実際は、昨日まで「ユーラシア」と戦争していたのに、

イースタシア」と戦争していた事になる。

 

つまり「実際は」が、存在しない世界なんですね。

「何故?」も。

 

自分が書いている事は理解しているのだけど、伝える事は出来ていないと思います。

 

さらに進めます。

 

主人公のウィンストン(外郭の党員、党の構造は完全なピラミッド型)は、

抑え込まれていた記憶や本能、真実などの存在に気付いてしまう。

そして、

党内に於いては、完全な悪とされ(党員たちはそれを疑う能力を奪われている)、

党員の義務として毎日行われる「二分間憎悪」で、忌むべき憎むべき殺すべき存在の

裏切り者として、最高の憎悪の標的であり、暴力のレベルに達する怒声、罵声を浴びせ

られている、「反ブラザー同盟」のゴールドスタインの反政府運動に希望を求めるようになる。

 

党に逆らうという事は、すなわち「死」だ。

ウィンストンは、「自分は死人である」と、認め、後世の誰かに真実を伝え、本当の

死後にB・Bが倒される事に希望を託して、自殺行為である「日記」をつけ始める。

 

党のスローガンは

 

戦争は平和なり

自由は隷従なり

無知は力なり

 

戦争を行うのが、平和省

記録を改ざんするのが、真理省

拷問を行うのが、愛情省

 

2+2=5

が、真理であるように、思考方法自体が書き換えられる。

 

笑い事ではないと思います。

知ってる感触です。

 

ウィンストンの戦いはギリギリのところに追い詰められて行きます。

物語の終わりの方は、ページをめくるごとにダメージを受けるのが辛くて、

読むのを放棄しました。

解説を半分くらい読んだところで、それに説得されるように、

続きを読みきりました。

 

でもね、

 

なんだよ、最後のセリフ.......

 

............................................... 

 

 

僕の感想です。

「これは、ファシズムの恐怖よりもその先、人間の限界を描き切って

しまった作品ではないか。」

僕はなぜ、オーウェルが、ここまでやらなければいけなかったのか、

理解出来ません。

これが遺作です。

この結論があるところに立ち続ける事は不可能だと思います。

 

この次が読みたかった。

 

最後に

 

この小説は、帯によると(日本で?)25万部を突破したそうです。

読み終わった後に驚きます。

単純に考えて25万人が買ったとして、

全員が読み切ったとは想像出来ない。

そんなに精神がタフな人がいっぱいいるなんて信じられない。

 

実は最後に「付録」が付いていて、それを読んでいないのです。

まだ読む気になれないけど、そこに何かあるのかも。

 

僕はこの小説に関して、人の感想を一切、読んでいません。

僕の感想に間違いがあれば、意見が欲しいです。

むしろ間違いを認めて、救われたい。

 

あと、逆側の思想の人で、これを読んだ人がいれば、

そちらの感想も聞きたいです。

冷静な意見であれば。

 

それで、一応、この読書は完成するかもしれません。

 

結構、長くなってしまいました。

最後までお付き合いありがとうございました。

 

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

「川辺の二人」という曲です。

こんにちは、バテオです。

曲が出来ました。

なのでブログを更新しますが、気が重いです。

何度もおんなじ事を書いている気がしますが、達成感も安堵感もなく、

虚脱感と自信喪失の辛い感じ。

今、暴漢に襲われたらひとたまりもないです。

ちっちゃくなってます。

人と目を合わせられないです。

毎回これです。

 

作っている過程はしんどかったけど充実していました。

一週間か十日か半月くらいか、

数えていないので覚えていないですが、

パソコンをほぼ開かずに、作業に没頭していました。

 

自分の中にあるエンジンを自分の意思で回している感じでした。

嫌な時間に苦手な事をしなければいけなかったり、

泥沼に両足はまってのたうったり、

別に逃げてもいいんだけど逃げませんでした。

単にそっちを選択しただけなんだと思います。

 

こっちの方がまし

 

価値すらあるような気がする

 

そんな理由で、これからも僕は音楽を続けるのだと思います。

 

 

乗り越えられない壁は、またもや立ちはだかりました。

オケ完成後のヴォーカル録り

最後のマスタリング

です。

 

ここでしぼんで、あれやこれやと手を尽くした上で、

どうにもならなくなったところで妥協、です。

 

これからの課題ですが、これはどうにもならないかもしれない。

ヴォーカルは人格とか人間性だし、

マスタリングは才能とかセンスだし。

 

まあ、粘着質のしつこさはあるので、努力はする筈です。

 

 

今回の記事からは「曲と歌詞だけを貼り付けておわり」

にするつもりでしたが、出来ませんでした。

この曲ごときで無愛想やってどうなのよ?

って思うからです。

 

ただですね、言いにくい事なのですけど、同情で星を貰っても辛いので

採点は厳しくお願いします。

ノースター歓迎です。

 

前回の記事に載せた「川辺の二人」という歌詞を多少修正しました。

前回の記事も編集して修正済みです。

ディランの有名曲「風に吹かれて」の替え歌として作りましたが、

後日、Nagiさんに「No More Auction Block」という黒人霊歌

「風に吹かれて」の元ネタである事を教えてもらったので、

僕の曲は「No More Auction Block」と「風に吹かれて」の替え歌、

という事になります。

 

No More Auction Block もしくは風に吹かれて (19世紀. African-American Spiritual)

nagi1995.hatenablog.com

 

ディランの原詞は参照しませんでした。

自分なりの解釈というのでもなく、

別物として書きました。

コード進行は、ディランの方とおんなじです。

 

今回はリズム隊を臨時雇用しました。

理由は

「じゃーん、じゃんじゃん、じゃじゃん、じゃんじゃっじゃ」

という単純で粗野なギターのコードストロークのアイデアが落ちて来たときに

それまで考えていた細かく姑息な計画が粉砕されて

「これと添い遂げよう」と思ったからです。

 

アコースティックではなくエレキギターのイメージだったので、

成立させる為には不可欠だったのです。

 

結果は失敗に終わりました、が。

 

では曲です。今どきBPMはたったの70です。

バラードではありません。ミドルテンポのロックです。

技術には我ながら目を見張るレベルの酷さがあります。

自分でギター弾いているのですが、

この男はチョーキングにもビブラートにもアーミングにも

そういう技法には胸張って関心が無いようです。

 

どんな曲だか伝わればいい。

これは変わりません。

 

グルーブも無いです。

 

それでも聴いてみたいと思う方、

「いっしょけんめい作ったので聴いて下さい。」

 

https://twitter.com/strangeniteofs1/status/969999943082549248

 

#np https://t.co/4Vi4bZMZWnのところをクリックするとサウンドクラウドの「川辺の二人」が出るはずです。

 

 

歌詞:

   (1)

二人っきりで 

川辺に降りる

ここが世界の 

果て ならば

 

見上げる 空は

青いばかりで

僕らの心

写しはしない

 

遠くに 聞こえる

あの もの音は

義理人情か

太鼓の音か

 

夢から醒めて

ただ蒼ざめて

足どり鈍く

答えは遠い

 

  (2)

僕らの あいだに

挟まっている

これが なんだか

わからないけど

 

名前 つけるな

ほって おけよ

笑って いるだろ

それで いい

 

違う とこから

吹き寄せられて

立ち尽くしたまま

ここ にいる

 

 深まる 夕闇に

ただ身を ゆだねる

背筋が 寒い

答え ここにない

 

  (3)

長い時間が 

経ってしまった

気が遠くなる 

距離を歩いて

 

気付いた そこに

道は なかった

すこし おどろき

立ち止まったけど

 

引きずり戻され

また 始まった

故郷の 街は

滅びて 消えた

 

目は 開いてる

死んでも いない

逃げれや しない

答えの 方へ

 

 

*1

*1:「夢」って言葉使うの止めよう。ださい。

JJF

「架空のバンド」活動の一環としてブログを始めたはずなのに(はい、自意識過剰です、承知しております。)、肝心の音楽製作が遅々として進まず困っています。

ほぼ完成した音源をCUBASE(音楽ソフト)に取り込んで少し手を加えて最終的な仕上げをする、という作業を続けているのですが、ソフトに取り込んだ時点で初めて曲の欠陥に気付く事が多くて、これじゃいかんと思ってあれやこれやいじり回してるうちに訳わかんなくなって、結局再録音する事になるという感じで疲れました、と。

 

本当は新しい曲の発表展示会を今日ここでするつもりだったのですが(だー、かー、らー、自意識過剰なのはわかっているって言ってるじゃないですかあ。)、自分締め切りをちょっと延ばして代わりに昔の思い出を振り返る事にしました。

 

エレキギターでコードが押さえられるようになるとまずやってみたくなるのはアレです。

「ジャカジャ~ン」

そうです、ジャンピンジャックフラッシュのアレです。

で、曲らしきものが弾けるようになると・・・

以下全部略します、疲れているので。この後リレキ書かかなきゃいけないし、面倒だけど曲の仕上げもやらなくちゃいけないし、だったらブログなんて書かなきゃいいじゃんて思うけれど、これが地球との唯一の交信手段なので仕方ないです。

 

 

ジャンピンジャックフラッシュの替え歌でした。

バンドでやっていた曲です。

音源は解散した日に捨てました。

あったとしてもバンドでやっていた曲なので、メンバーの許可なしに表に出すことは出来ません。

自分で再録音する事も無いと思います。

 

こんな感じの曲に付けた詞です。洗脳まがいの面接を受けた日に、埋立地の汚れた運河を覗き込んだ時の気分を思い出しながら書きました。当時は酒場という避難所があったのでまだマシだったなと思います。原詞は参照していません。


THE ROLLING STONES Jumping Jack Flash clip 1968

 

 

           「無題」

 

            (1)

          きのうの晩に

          おれは生まれた

 

          右も左も 

          わかりやしねえよ

 

          教えてよ

          ゲームの やり方を

 

          どうせ すぐに

          忘れちまうだろうが

 

            (コーラス)

          

          はじめまして こんにちは

          ここはどこですか

          一緒にあそんでよ

          少しだけ

 

            (2)  

          あらゆる 思想が

          鬱陶しい

 

          布団を 被って

          隠れて いたいよ

 

          だけど 物憂さが

          重く 垂れ込めるばかりで

 

          這いずり出して 性懲りも無く

          堂々巡りだ

 

            (コーラス)

          

          はじめまして こんにちは

          あなたは 誰ですか

          おれを かくまってよ

          少しだけ

 

            (3)

          死んでる 方が

          楽かも しれない

 

          口に 出したら

          嘘だと 気付く

 

          おれは 感じる

          底の方 うごめく欲望

 

          こいつが おれを

          引き摺って ゆく

 

             (コーラス)

          

          はじめまして こんにちは

          おれを 好きですか

          恋を しようよ

          少しだけ

 

 

 

ストーンズごっこをする時に、主語を「僕」にするか「俺」にするかで迷った事を思い出しました。同時にルースターズごっこもやっていたので、大江慎也方式を採用して、「曲によって使い分ける」事にしました。)